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Re: メモリアルリミット ~Limit of memories~ ( No.40 )
日時: 2012/10/05 20:47
名前: メダフィーミング・KR

◇~第39章 Farewell letter~


 司馬に相談を持ち掛けて二週間が過ぎ、七月も最終週に入った。
 ギラギラと照り付ける陽光や、山から吹き降ろす風がフェーン現象を引き起こし、連日の猛暑の立役者となっていた。
 しかし俺の履修授業のテスト最終日の今日は、七月末の夏真っ盛りとは似ても似つかないほど寒々とした日だった。
 強くはない霧雨が静かに体温を奪っていく。そういえば今朝の天気予報では四月下旬頃の気温とか言ってた。
涼しいのはいいが、度を越えると却って気味が悪い。
 明日から約一ヶ月半に及ぶ長い夏休みが始まるというのに、俺は暗澹たる思いでトボトボと帰路に着いていた。理由は簡単だ。
 とうとう望が大学に来なくなったからだ。これでは面と向かって謝ることも出来ないし、望の苦悩の解決に手を貸してやることも出来ない。
 俺は無力感に苛まれたまま、自宅に戻ってきた。いつもの癖で何気なくポストを確認し、俺は心臓の鼓動が一跳ねするのを感じた。
 俺宛ての白い封筒が入っていたからだ。しかも手書きのその筆跡は俺のよく知る――裏返し、名前を確認。やっぱり――望からのものだった。
 俺は急いでドアを開け、玄関で靴を脱ぎ捨てると、自分の部屋に入って封を切った。
 そこには以下のような文章が書かれていた。


 大好きなあなたへ

 あなたがこの手紙を読んでいるということは、もう私は私として存在していないと思います。
 だから、こうして手紙を書くことにしました。手紙だったら、ちゃんと形として残るでしょ?
遠い未来、あなたが別の誰かを好きになったとしても。おじいちゃんになったとしても。
 私のことを思い出してもらえるかもしれないから……なーんて、都合のいい夢物語なのかな。
 こんな風に書いたら、本当に遺書みたいだよね。でも私にとっては似たようなもの。だってあなたとお別れしなきゃいけないんだもん。
 とってもつらいよ。つらいけど、どうにもならないことだから。最後は現実を受け入れるしかない。
あなたに隠していたのは謝らなきゃダメ、だよね。本当にごめんなさい……。
 あなたと過ごした日々は私の大切な、かけがえのない思い出です。本当にありがとう。
 ちょっとだけ思い出話、してもいいかな? そうだなぁ。 あ、ほら。あの時のこと、覚えてる?
 去年の春休みに付き合って一周年の記念に映画を見に行ったよね。あれ、すごく面白かったから、もう一回見たかったなぁ。
あなたが教えてくれた秘密の特等席からの眺めも最高だった。
 夏休みにはバーベキューをしに海に行ったよね。あの時二人で飲んだサイダー、美味しかったね。
あ、そういえば花火大会にも行ったっけ。たくさん屋台を回って楽しかったなぁ。
 年末にはあなたの運転でお参りに行ったね。あの時私がなんてお祈りをしたのか、あなたはすごく気にしてた。
 あなたとずっと一緒にいられますように……って祈ったんだけど、恥ずかしくて言えなかったよ。
あなたがくれたシルバーのリング、本当に嬉しかった。ずっと大切にするね。

 今年の春休みは二人で横浜に行った。あの中華レストランの味もびっくりしたけど、やっぱりあなたの運転は上手だなって思った。
ランドマークタワーからの景色、綺麗だったね。
 この間は海ほたるに連れて行ってくれたよね。本当は誘ってくれてすごく嬉しかったのに、ひどいこと言っちゃったよね……ごめんなさい。
 あなたが心配してくれてることは分かってたよ。本当はあなたに話したかった。つらい気持ちを聞いて欲しかった。でも、やっぱり出来なかったな。
 私自身、気持ちの整理がついてなかったし、あなたに心配させるのがつらかったから。でも、ずっとこのままじゃダメだよね。
手紙になってしまって申し訳ないけど、ちゃんと話すから。
 私ね、高次脳機能障害って診断されてたの。えっと、脳が損傷を受けることで記憶とか感情とか、脳の機能に影響が出るみたい。
 この一年ぐらい時々頭が痛くなるからどうしたのかなって思ってたんだけど……たぶん二年半前の事故の後遺症が出てきたんだろうって。
 それで私の場合、大事な人たちの記憶が、どんどん薄れてるんだ。
皆で海に行ったり、祝賀会に招待されたりしたのに、もうあんまり覚えてないんだ。あなたのことはまだ覚えてるよ。
 忘れたくない。忘れたくないけど、このままいけばたぶんあなたのことも、いつか忘れてしまうと思う。
 でも、ずっと私を好きでいてください、なんて虫のいいお願いは出来ないよ。
だから、私のことは頭の片隅にでもしまって、自分の道を強く生きてください。それが私からの、最後のお願い。
 深也。あなたのことが、大好きでした。
                                                           春崎 望


 これが何を意味してるのか、一度読んだだけでは分からなかった。いや、正確には頭が理解することを拒んでいた。
 もう一度読み返して、ようやく望が抱えていた苦悩の正体を把握した。この一年、望が見せていた一連の異変は高次脳機能障害――俺たちにとって悪夢でしかなかったはずなのに、忘れかけていた二年半前の事故の後遺症――それが、原因だったっていうのか。俺の、せいか。
 ……クソッ。こんな一方的なお願い、俺が聞けるとでも思ったか?
 俺は手紙をズボンのポケットに捻じ込むと、すぐに家を飛び出して車に飛び乗った。
 とにかく望に会わなければならない。二枚目の便箋に――たぶん望のお母さんの字で――病院名と部屋の番号が書かれていた。
きっと望はそこにいる。もっと早く気付くべきだった――
 赤信号がやけに長い。貧乏揺すりを我慢し、青に変わった瞬間にアクセルを踏み込む。
 市内で一番大きなその病院までの距離はおよそ二十分、それをこんなに長く感じたことはなかった。
 駐車場に車を止め、病院の自動ドアを潜る。エレベーターなんか待ってられない。三階まで階段を一気に駆け上がる。三〇五号室は右か、左か。
 手近な部屋の番号に目を向ける。三〇一号室。とすれば右の先か――俺は病院内であることすら忘れ、長くない廊下を全力で駆け抜けた。
 三〇五号室。春崎望様。此処だ。俺は上がった息を必死に整え、ドアをノックした。
 はい、という短い返事が聞こえる。望の声だ。聞き間違えたりなんかしない。
 俺は手に力を込め、重たいドアを横にスライドさせ、部屋に足を踏み入れて叫んだ。
「望っ」